今日、日曜日。講堂での練習。台風22号が近畿地方に近づく中雨が降る。こんな日はやはり屋根があって広い空間があって鏡がある場所で踊ることが出来る、ということはありがたいことです。
講堂での練習。
休みの日に講堂で練習することはなかった。
以前は週に一度だけ火曜日にダンス部の講堂練習割り当てがありました。「一条50年史」という書物によれば2000年に舞踊部からダンス部にその名称が変更されたとあります。
おそらく練習場所とか、踊るダンスの内容とかもこのあたりで大きく変化したことが推測されます。そのような変化の中で、校内のさまざまな場所でその練習場所を模索していたのではないかな。
そして講堂で週に一度だけ練習が割り当てられた。その状況が2009年まで続いていました。そして6時には完全撤収しなければならない。火曜日の練習時、生徒たちは6時までには何が何でも講堂から退出していました。
どうしてそんなに必死になって6時までに退出しているのか、ああこの学校では講堂の使用時間は6時までになっているんやな、としばらくぼんやり思っておりましたがそんなことはなかった。そんな規則などない。
ただダンス部はそう言われていたみたいです。お前らなんで6時までに講堂から出るの?と聞くと、えっ出なくてもいいんですか?と逆質問。
別にええやろ。練習したければもっとすればよい。グランドでも体育館でも武道場でもまだやってるやんか。
いろんなことがわかり始めましたが、そこはなかなかすぐにはことが運ばない。週一回でも講堂練習をめいっぱいするところから始めるしかないな。
そういう制約みたいなものがそこかしこに散りばめられている感じがあったな。
講堂に関してもどうしてダンス部だけが週一回なのか。生徒に聞くと、それは言ってはいけないことのようでした。先生、それは言ってはいけないことです的なムード。かろうじて今週一回だけでも使わてもらっているんだから、これ以上望んではいけないことであると。
そうなんか。そうなんですか。
もちろん生徒たちの心にはもっと講堂で練習したい、という気持ちがあった。しかしそれは言ってはいけないことであると。
舞踊部からダンス部に変わり、その活動内容も様変わりする中で、どう処せばよいのか誰もよくわからない状態が続いていたのかと思います。
単純にダンス部という新しい部活が誕生したと考えれば、その練習場所など割り当てがあるわけではない。踊れる場所を自分たちで探して踊ればいいじゃないかと。
それもそうなんやろなと想像できるし、いまでもそんな感じで校内のどこかで練習しているダンス部が全国にたくさん存在しているのだと思う。
そやな、何度か全国制覇している大阪の登美丘高校でさえ学校の渡り廊下や炎天下の屋上で練習している。
練習場所がない。鏡がない。指導者がいない。そんなダンス部はまだまだ多いのかなと思う次第です。
一条高校ダンスも例外ではなく、そんな環境ではじまり、現在少しづつその環境を整えていくその途上であろうと、そう思う。
ダンス部の練習場所を確保してほしい、既存の部活動の練習機会を確保したままでそれは出来ないか、セミナーハウスでは出来ないか。食堂では出来ないか。
講堂での練習機会を増やすことは不可能なのか。それはあかんやろな。それはできひんやろ。とも言われた。
なんでかな、と思いながらねばり強く環境を整える努力を続けて、
そして今日の講堂練習がある。
講堂練習。3つの部活動が4:4:1の割り当てで12年間ほど続いていたけれど、今は3:3:3の割り当てに変更されている。
2012年かな、今の顧問になって3年くらいかかったけれど、均等に割り当てられるようになった。どんなことでも時間はかかるな。
今は週の半分は講堂で練習、そして半分はセミナーハウス前のアスファルト上での練習となっている。
ダンス部の先輩たちからの日々の練習の積み重ねがあって、今の環境があり、今日の練習がある。

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